昨年来、不動産賃貸業界には大きなブームが来ています。入居者(ユーザー)が、原則無料で室内の壁紙や棚の色を選ぶことが出来て、その原状回復も不要である、という賃貸住宅の貸し方が急増しているのです。それは「カスタマイズ賃貸」と銘打たれていて、出来ることの範囲は各社様々。ただ壁紙を選べるだけのものから、入居者がDIYで造作してもよいもの、一部の費用を負担すれば間取りの変更ができるものまであります。
初めての一人暮らし、家の購入予備軍、購入はしない賃貸派などの若い世代が、住空間が構成される素材や色を自分自身で選択できて、そこで暮らすこと、供給者サイドがそのような取組みに目を向けること自体が、少し前まではあり得なかった素晴らしいことではないでしょうか。
日本の賃貸住宅の慣習は、「大家」は地主意識が強く、「店子」は貸していただいて、住ませていただく、という力関係が続いてきました。本来賃料を支払う方がお客であるはずなのですが、店子が大家にお歳暮を贈ることはあっても、店子に付届けを配る大家というのは聞いたことがありません。そのため、退室時の原状回復費用を負担させられないように、店子はくぎ1本打つことさえ制限を受けて、その費用返還額のトラブルも絶えませんでした。
世帯数が減少しつづけることが明白であるのに、新築賃貸住宅を供給し続けたことにより、ストックに対しての空き家比率が、ついに、東京でさえ13%を超える状況になっています。そんな背景の後押しもあり、切羽詰った大家さんたちも原状回復免除などのリスクを負ってでも、ユーザーのニーズに応える運用を決断するようになってきたように見えます。
このような時、これはいい!と、不動産屋がその流れに乗って同様のサービスを始めようとするのなら、それが一過性のブームか、継続性のあるムーブメントなのかを見極めておきたいところです。本当に自ら壁紙を選びたい人や、DIYがやりたい人がどのくらいいるのか、また、すべて自分で選びたいのか、相談にのってもらいながら導いてほしいのかワークショップ風DIYに参加したいだけなのか、ガッツリ自分でやりたいのか。提供されるサービスが、その物件を求めてくるユーザーに対して、ミスマッチが起こらないようにすることは、そう簡単ではないと思います。
大家としては一時的に稼働率が改善しても、中期的に原状回復リスクが顕在化して、割と大きな修繕費用がかかったり、管理する不動産屋はブームに乗って、花柄やくまさんの壁紙も選べるよ!とカスタマイズをやってみたはいいものの、とても手間がかかり、さほど高くない管理報酬では成り立たなくなることも少なくないと思います。
数年前にジンギスカンブームが来た時、中目黒あたりはジンギスカン店だらけになり、1-2年であっという間に消えたことが思い出されます。一方、臭みのない美味しい羊肉を食べさせてくれる店は、相変わらずにぎわっています。
若いユーザーは、時間をかけて素材や色合わせを吟味し、悩みに悩み、その過程を楽しみ、出来上がった住空間に感動し、部屋に愛着が生まれ、長く住み続けたくなるはずです。バリアフリーの住宅を一から設計して手にいれたオジサマ達のそれよりも、遥かにインパクトのある至福の体験になるのではないでしょうか。ボクも20代で初めて家をリノベーションした時のワクワクした気持ちを思い出します。(あー、あの時は本当に楽しかった~)
つまり、自らの意思決定で造ったという体験に価値があり、そのことに取り組むのだ、という覚悟を持ってサービスを提供することが出来るか否かがカギになるのではないでしょうか。そう、賃貸であろうと自分の家をかっこよく、快適な場所にすることがいかに楽しい事かということを、やっている方も一緒になって楽しめるオペレーションが出来るのならば。