言葉が気になる vol.2(どーでもいいこと)

October 26, 2014

こんにちは、宮島です。
少し前のことですが、OnCo東砂の入居検討者をご案内している営業マンが、室内から電話をかけてきて、「変なはなし、この場で申し込んだとしたら1番手にしてもらえますか?」いやいや、入居審査がありますからその後の回答になりますね。
「他と比較検討しているので、OnCoで1番手になれないのなら、変なはなし他物件に申し込みをいれてしまいますが、大丈夫ですか?」いやいや、こちらは大丈夫ですから、どうぞ他に行ってください。
「やはりOnCoがいいと言ってます。(えっ?5秒で言うことが変わった・・)この方の入居審査は、勤務先が売上100億以上あるので、変なはなし収入証明は必要ありませんよね?」いやいや、売上と審査は関係ないでしょ。
「そんなことより、あなた何で質問するたびに自分の説明に<変なはなし>って 入れてくるのですか?」
不動産仲介業界の営業マンの最大宗派は、間違いなく「一番手教」では?とくだらないことを考えてしまうくらい、頻繁におこる話です。このような営業マンの入居申込書は、変なはなし信用しないことにしています。

2011年以降「勇気をもらった」という言葉を、わりとよくTVやJ-WAVEのDJなどから聞くようになりました。勇気というのは、感動的な出来事を目にし、耳にしたときなどに自分の心や身体の中に湧き上がりってくるものであり、苦しい逆境の中では、それを振り絞るものであり、決してもらうものではない、と思うのはヘリクツでしょうか。
ボクの妄想は、勇気という相当なものを簡単にもらってしまうような人は、軽い感じでそれをもらった後、一晩眠って、次の日の朝にはすっかりいつもの自分にもどっているような気がします。 勇気は与え、与えられるものであり、一旦与えられたからには、困難を乗り越える為の行動に踏み切るというような非日常の行動がその先にあるので、インフルエンザやポケットティッシュみたいに、簡単にもらったり、あげたりするよう なものではないんじゃないでしょうか。

不動産を買って売る。 投入する自己資金の何倍もの借入をし、売れるかどうかわからないリスクをとる 事について、勇気をもって決断するべき事業であるにもかかわらず、大きなリス クにとっても鈍感になってしまいがちな不動産業界。 常に負うリスクの大きさを感じ、それを負う勇気についてニュートラルであり、 慎重でありたいと、改めて思う今日この頃でした。。